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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)206号 判決 1977年12月22日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、参加によつて生じた分を含めて、原告の負担とする。

事実

(申立)

一  原告は、「参加人を申立人とし、原告を被申立人とする都労委昭和五一年(不)第八一号不当労働行為救済申立事件につき、被告が昭和五一年一一月一六日付でなした救済命令を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二  被告及び参加人は、いずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

一  原告の請求の原因

1  参加人を申立人とし、原告を被申立人とする都労委昭和五一年(不)第八一号不当労働行為救済申立事件につき、被告は、昭和五一年一一月一六日付をもつて別紙命令書記載どおりの救済命令を発した。そして、同命令書の写は、同月三〇日原告に交付された。

2  別紙命令書の理由中の「第一 認定した事実」についての認否は、次のとおりである。

(一) 1(1)記載の事実は認める。

(二) 同(2)記載の事実中、病院が独立の事業体であるとの点は否認する。その余の事実は認める。

(三) 同(3)記載の事実は認める。

(四) 2(1)乃至(4)記載の各事実は認める。

このほかに、参加人は四月二六日付で原告に対し争議の通告をした。その目的は、原告の提案中の妥結月実施の条項に対して反対するというのではなく、賃金の引上げ額そのものが低額なので不満だというものであつた。そして、このような参加人の基本方針・態度は六月まで維持された。従つて、四月二七日の団体交渉における参加人の反対は、四月中に妥結調印するには時間的余裕がなかつたという理由からではない。

(五) 同(5)記載の事実中、病院が実質的な団体交渉に応じない態度を堅持したとの点は争う。その余の事実は認める。

(六) 同(6)記載の事実は認める。

原告の賃金引上げ回答中の定期昇給(三・三パーセント)の点は各人の昇給時期に従つて実施している。

3  ところで、本件救済命令には、不当労働行為が成立しないにも拘らず、その成立を認めた違法がある。

(一) 「条件の合理性」の点について

元来、労使間で合意(協定)した内容の実施は、合意が成立した時から将来に向つて実施するのが自然であり、当然の姿である。遡及を強制されるような根拠があれば格別、それがない限り、妥結時から実施するのが合理的であり、正しい。本件の場合、従来の姿が不合理なものであつたから、原告はこれを合理的な形に改めようとしたのである。不合理なものを合理的なものに改めることは、それ自体合理性のある行為である。それについて更に特段の理由を要求するのは誤りである。従来賃金引上げの実施を四月に遡らせていたのは、労使間でそのような内容の合意が成立し、その合意に従つていたからに過ぎない。具体的な合意がないのに遡及して実施していたものではない。本件ではそのような合意が成立していないのであるから、従来の例を適用できないのは当然である。

およそ賃金引上げ等の協定における金員支給の実施期日の定めは、協定の本質的・基本的な内容をなすものである。もし金額だけを示して、実施時期を示さないような、即ち実施時期不明の回答をしたならば、そのようなものは回答としての体をなさないものである。従来でも、必ず実施時期に関する内容を含んだ合意がなされていた。このように実施時期は、賃金引上げ回答に必須の内容であり、賃金引上げと一体をなすものである以上、本件救済命令のいうように、調整的配慮をなす意思がある時以外にこれを付すことができないなどということはできない。本件救済命令は原告が実施時期を一方的に付した条件であるかのようにいうが、そうではない。参加人は昭和五一年六月七日以降も賃金引上げの遡及実施という主張に固執し、実施時期をめぐつて両者間に対立があつた。利益紛争において労使間にこのような対立がある場合には、その解決は労使の力関係によつて決せらるべきである。

妥結月実施の例としては、かつて原告と参加人との賃金引上げ交渉において、諸手当分は妥結月の翌月から実施したことがあるし、昭和五二年度の賃金引上げ交渉においても、基本給そのものについては同年四月三〇日に妥結月実施の合意がなされて、同月一日から実施されたことがある。

以上要するに、実施時期に関する原告の回答に合理性がないとする被告の判断は誤つている。

(二) 「条件提示の時期と維持」の点について

社会通念上、一事業場限りの労働組合にとつて、一週間という期間は、回答内容を検討し、その諾否を決するのに決して困難な期間ではない筈である。参加人自身も先年同じ期間内に諾否を明確にしたという実績がある。本件救済命令は客観的事実に反した判断をしている。原告としては、参加人とのそうした先例を跳まえ、更に併存する二つの組合のうち新労が四月二二日に同一内容の回答を提示され遅滞なく応諾し得た事実をも併せて、参加人についても新労と同じく四月実施のための妥結に十分な期間があると期待して、同月二三日の回答をしたのである。

本件救済命令は、新労が四月二二日の回答に遅滞なく応諾し得たことにつき、事前に原告側の職制と協議し内容を検討していたからではないかなどと推測している。しかし、新労は四月二〇日に参加人とともに原告の第一次回答の提示を受けて拒否しているのであるから、仮に四月二二日の第二次回答の内容につき事前の協議をしたとしても、その期間は僅か一、二日のことに過ぎない。これに比べて、参加人に与えられた一週間の期間は十分なものであつたといわなければならない。

(三) 「賃上げ額の受諾」の点について

参加人が自己の都合で必要以上の期間を過ぎても諾否を明示しないことはもとより自由であるとしても、正確には一か月半という異常な長期間の経過をもつて「やむをえない相当期間」であるとするのは、被告の偏見と独断以外の何物でもない。妥結月実施という原告の回答に対して、参加人が実施時期に関して応諾の回答をせず、金額のみについて承諾と答えれば、その答がいつされたものであつても、賃金引上げを四月に遡及して実施すべきであるというのは、あまりにも非論理的である。

(四) 「病院の団体交渉態度」の点について

原告が妥結のための団体交渉を求めるのは原告の提案に過ぎない。それを押して実質団交に持込めるかどうかは、偏えに労使の力関係にかかる問題にほかならない。一歩譲つて、本件救済命令のいうとおり、原告の団交態度が正当でないというのであれば、正当な団体交渉を応諾するように命令するのが被告として法律上なし得る唯一の手段である。それ以上に、労使交渉で合意されるべき内容にまで立入つて命令することは、行政権の濫用である。およそいかなる団交拒否事件であつても、その団体交渉の妥結なしに組合の要求どおりの内容を履行するよう使用者に命令することは、到底救済命令のなし得るところではない。本件で四月に遡及して賃金引上げを実施せよというのは、まさにそうである。

(五) 「条件固持の影響」の点について

原告が参加人の要求に対し全く何の回答も示さなかつたのならば格別、第一次回答は具体的な有額回答であり、これを拒否された後、更に条件付で第二次の改善回答を提示したのであるから、これは使用者の対応として通常見られるところと特に異なる点はなく、問題にされるところはない筈である。本件救済命令は原告が制裁的に不利益を課したに等しいというが、使用者が労働組合の要求どおりの回答をしなければ不当労働行為になるというものではない以上、仮令使用者の回答が労働組合にとつて気に入る内容でなくても、それから先は労使の力関係によつて解決されるべきものである。労働組合が使用者に対して非力な場合には、不利益な内容の回答を応諾するか、それとも全く妥結に至らないままに終るか、いずれかの結果を甘受しなければならないこともあり得る。元来労使間で妥協によつて合意され設定された労働条件は、仮令客観的な公正さから程遠いという場合であつても、当該労使間ではこれを公正なものと見るほかないのである。従つて、こうした企業内自治の結果について、第三者たる労働委員会が不当労働行為救済の手続によるのであろうとも、徒らにこれを不公正であるとして干渉し介入することは、労使間の自治という大原則を侵す越権行為であるといわなければならない。本件の場合、参加人において原告の回答全体を応諾することが客観的に不可能と認めるべきいかなる事由もない。参加人が応諾しないのはその自由な意思による選択の結果である。本件救済命令のような判断は、使用者の回答の自由を侵すだけでなく、労働組合の自由意思による選択の存在すら否定し、その団結権と労使の自治を侵害するものというべきである。

(六) 「病院の主張」の点について

仮に本件救済命令がいうように参加人が対抗手段として受諾を引延ばしたという事実がないとしても、逆に本件救済命令は参加人が六月七日の時点又はそれ以前に原告の条件付回答を呑んで妥結することが不可能であつたという具体的事実を何も認定していない。それにも拘らず、妥結を見ない結果が直ちに原告の態度と責任によるものというのは論理の飛躍であり、むしろ感情的非難であるとさえいえる。対抗手段としての引延しの場合以外には、参加人の判断と結果(責任と選択)があり得ないような考え方は、あまりにも短絡していると評するほかない。

そもそも妥結とは労使間に合意が成立することであり、両当事者それぞれの意思が合致しなくては成立しないものである。換言すれば、労使いずれか一方だけの行為によつて成立するものではない。本件の場合、原告の回答が提示された後は、これを受諾するか否かが参加人の意思と選択に任されているものである。このことは、参加人が「諾」と答えれば、それ以上原告の何らの行為を俟つまでもなく妥結することからして明らかである。妥結するに至らなかつたのは、参加人が「諾」と言わなかつたからに過ぎない。この事態が何故に原告の態度と責任によるというのか、疑問である。既に原告が四月二三日参加人に第二次回答を提示したのに対して、参加人は六月七日までこれに対する諾否を表明しなかつた。本件救済命令は少なくとも六月七日まで妥結の可能性がなかつたことを必然の事態として認識していたとしか思えない。これがどうして原告の態度と責任の結果なのであろうか。

更に重要なことは、参加人は、原告の四月二三日提示の第二次回答に対して、新労が同日に組合大会の決議を経て受諾したことを知悉していたにも拘らず、右妥結内容を大幅に上廻る「基本給の一五パーセントと一律一万円」の引上げ要求に固執し、四月二六日には争議の通知すら行い、原告の回答に対して妥結する意思は全くなく、右要求を六月七日まで固持していたのである(もつとも、争議は実施していない)。もとよりこのような参加人の態度は自らの意思と選択の結果であつて、何ら批判さるべきものではないが、問題は、このことに触れることなく、あたかもすべて原告の態度と責任であるかの如く断ずる被告の判断である。

4  又、本件救済命令が原告に対し昭和五一年四月一日に遡及して賃金引上げを命じたのは違法である。

(一) 本件救済命令は原告に対して未だ妥結していない賃金引上げの実施を命じた。原告が労働組合の要求に対し未だ合意していない金額について法律上支払義務を負わないのは自明の理である。賃金引上げ要求の解決は労使両当事者の合意によりなさるべきことである。賃金をいくらに引上げようという命令は、不当労働行為救済の命令に親しまない。救済命令は使用者が単独でなし得る行為を対象とするものである。本件救済命令が、原告と参加人との合意成立に俟つべき賃金引上げ要求の解決について、一方的に原告の行為であるように見ているのは根本的な誤りである(日本メールオーダー事件・東京高裁昭和五〇年五月二八日判決参照)。

(二) 賃金引上げ要求は利益紛争である。使用者は労働組合の要求に必ず応諾しなければならない義務はない。零回答することも、条件付回答することも自由である。労働組合の団体交渉権の保護は使用者が妥結しなければならないことまでも保障するものではない。使用者が本件のように条件付回答を提示することをもつて不当労働行為であるとするのは、使用者の有する回答の自由の剥奪である。そればかりでなく、使用者の合意を俟たず、その意思に反して合意が成立したのと同じ結果の実現を命令することは使用者の意思表示の自由の侵害であるとともに、財産権の侵害でもある。この点でも、本件救済命令は行政権の限界を越えている。もし被告のいうように未妥結であること自体を不当とするのであれば、更に団体交渉を進めて妥結に至るよう努力する行為を命令すれば足りる。未妥結であるのに妥結したのと同一の状態になるよう命令することは論理の飛躍であり、救済命令の内容としても違法である。同時に、使用者と労働者の団体交渉権を無視するものである。

(三) 本件救済命令は、昭和五一年度の賃金引上げ要求に関して、「今日に至るも全面的妥結に至つていない」との事実認定をなしたにも拘らず、この未妥結の問題につき、主文第一項において昭和五一年四月一日に遡つて賃金引上げを実施することを命じている。賃金の支払をするのは原告であるから、もしその支払が原告にとつて法律上の義務でないならば、原告は義務なくして支払を強いられるという財産権の侵害を受けることになる。本件では、労使間に未だ賃金引上げの合意が成立していないのであるから、参加人所属の組合員はこの請求権を有しないし、原告も支払義務を負つていないのである。本件救済命令は原告に義務なき支払を強制することにより、賃金引上げ要求に対する原告の諾否の自由、即ち財産権処分の自由を侵害するものであつて、憲法第二九条に違反する命令である。

5  よつて、原告は、本件救済命令の取消しを求める。

二  被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2について

本件救済命令は、別紙命令書記載のとおりである。本件救済命令には何らの違法もない。

3  同2(六)の事実中、原告が賃金引上げ回答のうち定期昇給分三・三パーセントは各人の昇給時期に従つて実施していること、同3(一)の事実中、参加人が昭和五二年四月三〇日原告との間に同年度の賃金引上げを交渉し、妥結月実施の条項を含めて合意したので、同年四月一日に遡つて実施を受けたこと、同3(六)の事実中、参加人が原告に対して争議通知をしたが、争議は実施していないことは認める。同3、4のその余の事実及び主張は争う。

4  同4、5の主張に対する被告の反論は、次のとおりである。

(一) 本件救済命令は、交渉未妥結を理由とする原告の賃金引上げ実施の拒否を不当労働行為と認定したものである。従つて、原告の主張は、本件救済命令の性質を誤解し、ひいては労働委員会の救済命令の性質を誤解している。「労働組合法が、………使用者の右禁止規定(注、労働組合法第七条)違反に対して労働委員会という行政機関による救済の方法を採用したのは、使用者による組合活動侵害行為によつて生じた状態を直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を図るとともに、………労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限をゆだねる趣旨に出たもの」(第二鳩タクシー救済命令取消請求事件・最高裁昭和五二年二月二三日大法廷判決)であり、本件救済命令も、原告が「一方的に妥結月実施の条件を付し、かつこれに固執する行為・態度は支部の自主的運営に介入し、結果的に新労組合員らとの間に差別を来たし、支部並びにその組合員に精神的並びに経済的動揺を与え、支部の弱体化を招く行為であるといわざるを得ない」から、「これを救済する必要がある」と判断するとともに、原告の交渉態度から見て実質的な交渉による妥結を期待し得ないことに鑑み、その是正措置として賃金引上げの遡及実施を命ずることを適当と認めて、その旨を命じたのである。原告の参加人に対する賃金引上げの実施義務の存否については、何ら判断していない。

(二) 原告の賃金改訂交渉における対応は、これを実質的に見た場合、交渉継続中とは評価し得ず、むしろ参加人の自由な意思による交渉・妥結権に対する侵害と評価すべきである。本件救済命令はこれを是正することを目的としたものである。

(三) 不当労働行為救済命令制度は、労働組合法第七条に規定する労働者の団結権・団体行動権を侵害する使用者の一定の行為を対象とするもので、使用者が単独でなし得る行為だけを対象とするものではない。本件救済命令は、原告が「一方的に妥結月実施の条件を付し、かつこれに固執する行為、態度」をもつて合意の成立を阻害し、参加人の「自主的運営に介入し、結果的に新労所属の組合員らとの間に差別を来たす」ものとして不当労働行為と認定したのである。共同行為における使用者の行為に着目したに過ぎない。

(四) 利益紛争だからといつて、使用者は常に力関係の問題として完全な回答の自由を有しているわけではない。それは労働条件の対等決定という労働組合法の期待する範囲内での自由に過ぎない。従つて、使用者が回答に付する条件も、それが取引に値せず、団体交渉の進展を妨げるものである時は、右趣旨を没却するものというべきである。そのような条件をその度合を越えて固執する行為・態度は、労働組合を不当に抑圧するものとして支配介入が成立するのである。

本件の妥結月実施の条項は、労使間の力の不均衡に乗じて原告の提案をそのまま参加人に呑ませる手段として採用されたものと認められる。即ち、参加人がその条項を受入れなければそれだけ交渉が長引き参加人に不利益になるから、これを受入れざるを得なくなることを見越し、それを狙つたものである。これは労使間の交渉において守らるべき信義則に照らして著しく不公正であり、合理性を欠く。従つて、原告が「一方的に妥結月実施の条件を付し、かつこれに固執する行為、態度」は参加人に対する支配介入となり、結果的には新労所属の組合との間に差別を来たすから、参加人所属の組合員らに対する不利益取扱ともなる。

(三) 参加人の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(六)の事実中、原告が賃金引上げ回答のうち定期昇給分三・三パーセントは各人の昇給時期に従つて実施していること、同3(一)の事実中、参加人が昭和五二年四月三〇日原告との間に同年度の賃金引上げを交渉し、妥結月実施の条項を含めて合意したので、同年四月一日に遡つて実施を受けたこと、同3(六)の事実中、参加人が原告に対して争議通知をしたが、争議は実施していないことは認める。同3、4のその余の事実及び主張は争う。

3  参加人は、原告の回答した妥結月実施条項の合理性について、次のとおり反論する。

一般に、複数組合が併存する事業場において、使用者から双方の組合に同一内容の回答があつて、一方の組合がこれを受諾したのに、他方の組合が自らの選択によつてこれを拒否した結果、他方の組合に所属する組合員が事実上不利益な取扱を受けたとしても、そのこと自体が直ちに不当労働行為に該当するとはいえないかもしれない。しかし、使用者の回答の内容に合理性のない部分があつて、組合がその部分を拒否した結果右のような不利益を受けたというような場合には、結局それは合理性のない不利益取扱であり、不当労働行為に該当すると考えるべきである。使用者が賃金引上げの回答に際し一つの条件を付した場合には、特にその条件の合理性を吟味しなければならない。理論上は、例えば業績が良好で原資が十分あるにも拘らず、組合の弱体化を企んで零乃至極少額の回答しかしなかつた場合等には賃金引上げの回答自体の合理性が問われることもあり得よう。

そもそも賃金の支払ということは、使用者にとつては基本的・最低限の義務であり、労働者にとつては基本的・不可欠の権利である。賃金について他の組合所属の組合員に比して不利益取扱を受けるとすれば、一定期間同一の労働に従事していながら、その労働に対する対償について差別扱を受けるということになる。従つて、賃金引上げの回答に付される条件の合理性は極めて強いものでなければならない。それは賃金引上げと関連性を有する条件というだけでは足りず、賃金引上げにとつて客観的に必要な絶対不可欠の条件でなければ合理性があるとはいえない。

本件の妥結月実施の条項に関しては、厳密な考察を加えるまでもなく、合理性のない条件であることは明白である。四月に遡及して実施する賃金引上げ額をいくらにするかというのが、原告における賃金引上げ交渉の慣行であつた。そして、これは、全国の賃金引上げ問題においても、社会通念となつている。物価の変動等毎年の事情の変更に応じて、一年に一回賃金額を見直す必要のあることからも合理的な慣行である。原告は、本件において妥結月実施の条件につき何ら具体的な合理性の主張をしていない。これは事実上合理性のないことを認めているに等しい。原告がこのような条件を付した唯一最大の理由は、参加人が団体交渉権・ストライキ権を行使しないようにするためである。いわば賃金引上げを餌として参加人の目の前にぶら下げながら、当然の権利を取上げるということである。労使の力関係で決すべき問題であつても、使用者には団体交渉権・ストライキ権を否認する形ではできないという制約が当然伴うのである。

(証拠)省略

理由

一  請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず原告と参加人との間の昭和五一年度賃金引上げ交渉の経過等について検討する。

1  別紙命令書の理由の「第一認定した事実」中、1(1)及び(3)記載の各事実、1(2)記載の事実のうち病院が独立の事業体であるとの点を除くその余の事実、2(1)乃至(4)及び(6)記載の各事実、2(5)記載のうち原告が実質的な団体交渉に応じない態度を堅持したとの点を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

又、原告の賃金引上げ回答中の定期昇給分三・三パーセントについては各人の昇給時期に従つて実施していること、参加人が原告に対して争議通知をしたが、争議は実施していないこと、参加人が昭和五二年四月三〇日原告との間で同年度の賃金引上げを交渉し、妥結月実施の条項についても合意したので、右賃金引上げが同年四月一日に遡つて実施されたことも、当事者間に争いがない。

2  右の昭和五一年度の交渉経過等について更に敷衍するに、右の争いのない各事実に、いずれも成立に争いのない乙第三号証の一乃至二八、同第四号証の一乃至二六、同第五号証の一、二、及び丙第一号証を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  参加人の賃金引上げの要求と原告の第一次回答

(1) 参加人は、昭和五一年三月二二日付の「要求書」(乙第三号証の二)をもつて、原告に対し、昭和五一年度の賃金引上げとして、「昭和五一年三月の基本給を基準として一五%プラス一律一〇、〇〇〇円を四月一日より引上げること」などを同年三月三一日までに書面をもつて回答するよう要求した。

原告は、右要求を受けたものの、賃金の引上げに当つては俸給表全部に亘つて細かく計算しなければならず、その計算が参加人の求める期限までには到底終りそうになかつたので、昭和五一年三月三一日付の「回答書」(乙第四号証の二四)をもつて参加人に対し、「要求事項について現在鋭意検討中でありますが未だ具体的回答について結論を得るに至つておりません。結論がでるまで回答を猶予されたくご協力下さい。」と回答した。

(2) 原告は、同年四月一五日付の「病院ニュース第四六号」をもつて、賃金引上げについての基本的考え方を発表した。(もつとも、本件の証拠上ではその詳細は不明である。)そして、同月一七日付の「申入書」(乙第三号証の三、同第四号証の三)をもつて、参加人に対し、同月二〇日午後三時三〇分から一時間前記要求事項についての団体交渉を開きたいと申入れた。

右申入れにかかる団体交渉(乙第五号証の二には「午後零時三〇分から」との記載がある。)において、原告は、参加人に対し「回答書」(乙第三号証の四)を手交した。それには、賃金改訂について、「昭和五一年三月度職員一人当り平均基本給に対し、定昇、諸手当を含めた平均五%の源資をもつて適正配分いたします。」と記載してあつたが、これは従来の賃金引上げ交渉における原告の第一次回答に比べると極めて簡単なものであつた。参加人は、賃金引上げ額が低いことを理由に右回答に同意するのを拒否した。そして、この団体交渉は一時間位で終つた。

(3) 新労は、昭和五〇年五月一一日に結成された組合であつて、原告が春闘で新労と交渉するのは、昭和五一年が始めてであつた。原告は、昭和五一年四月になつて、新労からも賃金引上げを求められたので、参加人との団体交渉後(乙第五号証の二には「午後二時三〇分から」との記載がある。)、新労との団体交渉を開き、参加人に示したのと同様の平均五%(定昇、諸手当込み)の回答を提示した。新労は、当初から具体的な金額を挙げた要求をしなかつたばかりか、原告の賃金引上げ案に対しても低額であるとの理由で同意を拒否したのみで具体的な金額による賃金引上げの要求はしなかつた。

(二)  新労との団体交渉の妥結

(1) 原告は、昭和五一年四月二二日、新労と団体交渉を開き、「平均八・五%(平均一万〇一九六円)の源資をもつて次のとおり配分する。ただし暫定給扱いとする。<1>基本給分の増額は平均三・一三%(職員一人当り平均三七五五円)、<2>昭和五一年度見込定昇平均三・三%(職員一人当り平均四〇〇〇円)、<3>精勤手当新設(影響率一・四%、一六七四円)、<4>医師手当増額(影響率〇・六四%、七六七円)、医師超勤打切手当・管理職手当の改訂、食事手当を昭和五一年四月度より廃止、実施期間は基本給分については妥結の月より、諸手当改訂分については妥結の翌月より、ただし精勤手当については実施に必要な措置が完了することを条件とする。」という内容の提案をした。これには各職務の主な給与を取上げて年令・現行給与・増給額・精勤手当・予定定昇額・ベア額計・改訂額・ベア率等についての詳細な表と、精勤手当支給基準が添付されていた。(なお、前回の団体交渉において極めて簡単な第一次回答をした後、中一日を置いただけで詳細精緻な第二次回答をしたことにつき、原告は、被告委員会での審問において、既に計算の基礎ができていたので係数を変えるだけの簡単な操作により十分可能であつた、精勤手当も以前から考えていたものである、と説明している。)

新労は、第二次回答に対して質問をし、原告の応答を得た後、組合大会に諮つたうえ返答すると言つて、団体交渉を終了した。そして、翌二三日組合大会を開いて承認を得た後、同日中に原告と右回答どおりの協定を結んだ。

(2) 新労は、この間の経緯につき、昭和五一年四月二六日付発行の「組合通信第二〇号」(乙第三号証の八)に、「新しいパターンによるベアの決定」という見出しのもとに、「新たに組合執行委員会並びに役員と病院管理者との協議会を発足させ、実質的な討議を行い、基本的な了解に乗つとり、一つの試案の提出を求め、これを組合大会で検討するというパターンをとりました。」との記事を記載している。

(三)  原告の第二次回答と団体交渉

(1) 原告は、前記の四月二〇日の団体交渉が終了した後、参加人に対し、同月二三日午後五時から六時までの間団体交渉を開きたいと申入れた。そして、新労の前記組合大会とほぼ同じ頃から始められた原告と参加人との団体交渉において、原告は、新労に提示したのと全く同一内容の「回答並びに申入書」(乙第三号証の六)を第二次回答として手交し、これを読上げた。そして、この回答には、原告の最終回答であることが記載されていた。参加人は、この回答の内容を十分に検討する時間的余裕がなかつたので、団体交渉では、原告に対して生活給がどの部分かなどと質問しただけで終つてしまつた。

ところで、右回答中にある所謂「妥結月実施」の条項は、参加人所属組合員の勤務する中央病院だけではなく、原告の経営する他の病院等においても、従前にはその例を見ない新しいものであつた。前年の昭和五〇年度の賃金引上げの春闘は同年五月下旬に妥結したのであるが、その実施は四月一日に遡つて行われた。その際にも、交渉中は実施時期について格別の議論はなく、最終案に至つて四月一日の実施が決つたという経緯があつた。

原告は、右四月二三日の団体交渉においては、妥結月実施の条項を新たに提案した理由につき何も説明しなかつた。ただ、新労に対しても同じ提案をしたので、新労との間に差をつけたくない旨の発言をしただけである。参加人も、第二次回答の引上げ額が低いとか、妥結月実施の条項はおかしいのではないかとか、又、四月実施にできないのかなどと発言し、精勤手当についても疑問があると述べただけで、実施時期については、双方とも特に時間をかけて議論をしなかつた。参加人は、今後も妥結月実施の提案が繰返されると、時間を十分かけて交渉を進めることができないことになり、無理をしてでも妥結を急がなければ、実質的に不利益を受けることになるのではないかと考え、そうなることを恐れた。結局、右団体交渉においては、参加人は、この第二次回答に同意することを拒否した。この時点では、参加人が四月中に組合大会を開くこと自体は必ずしも不可能ではなかつたが、参加人は、原告側からまだ話合う時間が十分あると言われたこともあつて、更に交渉を続けたいとの希望と期待を捨切れず、四月中に組合大会を開く予定を組まなかつた。

(2) 原告は、被告委員会での審問において、右第二次回答に当り妥結月実施を新しく提案した理由として、当初は引上率五パーセントの第一次回答に同意が得られるのであれば、いつ妥結しても四月一日に遡つて実施するつもりであつた、それが拒否されたため第二次回答を作成することになつたが、これは原告として譲り得る最大限のものであつた、これまで原告が最終案を提示した後でも、参加人から何度もストを打たれ、昭和四九年の春闘ではそれが六回も繰返されて、その都度引上げ額が一〇〇円宛増加するということもあつた、極論すれば参加人の要求額に達するまで団体交渉を続けなければならない虞れがあつた、妥結月実施の条項がないと、折角妥結点に達しながらストを打たれることを覚悟しなければならぬ、そこで、このような事態に立至るのを避けるため右条項を設けたのである、しかも従業員の半数以上で組織された新労が第二次回答で妥結しているのに、参加人にだけ更に上積することはできない、交渉が長引き実施が遅れたとしても、賃金引上げ額に更に上積みをして遅れた分の埋合せをすることは考えていない、両組合とも同じ内容で決めるつもりであつた、従つて、妥結が五月以降にずれ込んでも、団体交渉によつて引上げ額を増額するとか、実施を妥結月以前に遡らせる配慮は全然していなかつた、勿論実施の細目は話合うつもりであつた、と説明している。

(3) 原告は、昭和五一年四月二四日付の「申込書」(乙第三号証の七、同第四号証の五)をもつて、同月二七日午後五時、「四月二三日付病院からの回答並びに申し入れに対する貴支部組合の諾否について」団体交渉を申入れた。

(4) 参加人は、昭和五一年四月二六日付の「労調法第三七条による争議通知」(乙第四号証の二)をもつて、原告に対し争議の通知をした。これには、争議行為の目的として、参加人が同年三月二二日付の要求書記載の要求事項等を挙げるとともに、争議行為の種類として、「保安要員を除く全部又は一部の組合員によるストライキ、怠業、その他あらゆる形態の争議行為」を挙げ、更に、争議行為の日時として、「昭和五一年五月七日以後本問題の完全解決に至る期間連日又は短時間」と、争議行為を行う場所として、病院等と、争議通知に至る経過として、前記経緯を略記したうえ、「四月一六日に臨時大会を開き討議した。その結果、要求実現をめざし具体的回答のないことを不満として無記名投票を行い、九二・五%の賛成を得てストライキ権を確立した。」とそれぞれ記載していた。しかし、この争議行為は実施されないまま現在に至つている。

(5) 原告は、四月二七日の団体交渉において、協定書案(乙第三号証の九)を示して、妥結を求めた。これは第二次回答(乙第三号証の六)と全く同じ内容のものを協定書(案)にまとめたものに過ぎなかつた。参加人は、これは対して、賃金引上げ額が低いとの不満をもち、この案で協定する気はなかつた。ただ、精勤手当を本俸に移すことはできないかとか、これと有給・特別休暇との関係はどうなるかと質問したり、賃金引上げについて四月中の妥結調印は組合大会その他の手続上困難であるが、四月実施を求めると申述べたりしたものの、前日の争議通知に盛られた要求額を繰返すようなことはしなかつた。原告側は、四月中でもまだ団体交渉を行う時間があると言つたが、参加人は、同月三〇日に被告委員会で別件の審問があるため、同日に団体交渉を開くことは無理であると答え、五月一日あるいはその近辺で妥結しても四月一日に遡つて実施することはできないかと尋ねた。この質問に対して、原告側は、一日でも五月にずれ込めば絶対駄目だとは答えなかつたが、同時にその程度ならば四月一日に遡つて実施にしてもよいとも答えず、ただ、検討するようにと言つただけであつた。この団体交渉も、このような質問と応答をしているうちに時間が終了した。

(四)  原告の昭和五一年四月二八日付「お知らせ」

原告は、昭和五一年四月二八月付の「お知らせ」(乙第三号証の二一)という書面を、新労組合員を除く中央病院の全職員に直接配布した。このようにしたのは、参加人の組合員と非組合員との識別が困難であるという理由からであつた。そして、その書面には、「1 去る四月二三日付をもつて、病院と済生会中央病院労働組合との間で、昭和五一年度賃金について合意が成立し、妥結いたしました。したがつて、新賃金については、同組合に所属する職員には、協定に基づき四月一日より実施いたします。<中略>2 支部組合に所属する職員については、病院と支部組合との間に合意がありませんので、新賃金を支給することはできません。3 非組合員にも、病院と済生会中央病院労働組合との間で合意した協定内容と同一条件で、昭和五一年度新賃金を支給いたしますので、次の念書をもつて、四月三〇日までに所属長へお申し出下さい。提出されない職員については、支給致しませんのでご承知下さい。」とあり、それに続いて、昭和五一年四月三〇日付の「念書」として、「昭和五一年度の新賃金については、病院の回答額並びに前提条件を同意し、支給をうけることに同意いたします。」と印刷された切取部分があり、その末尾に署名押印する欄が設けられていた。

(五)  昭和五一年四月二八日以降の交渉

原告と参加人との団体交渉は、昭和五一年四月二八日以降は全く行われなかつた。原告は、参加人から賃金引上げの四月実施を求める同年五月六日付及び同月一二日付の団体交渉申入れに対し、同月一四日付の「回答並びに申入書」(乙第四号証の七)をもつて、「病院は四月二三日付貴支部組合宛に対して行つた賃金改訂などに関する最終回答は、四月二七日の団交においても言明したとおり、変更する考えはありません。したがつて、四月二七日病院より貴支部組合に手交した協定書(案)による妥結調印のための団交を開くよう重ねて申し入れます。」と答えるとともに、右のとおりの妥結を求めた。参加人は、同年五月一九日付で妥結調印のためだけの右申入れを拒否するとともに、実質的な団体交渉を開催することを求めた。これに対し、原告は、同月二一日付の文書(乙第三号証の一〇、同第四号証の八)をもつて、前同様の趣旨を伝えた。これには、「これ以上団交を重ねても無意味である。」と記載されていた。原告の同月二八日付の文書(乙第四号証の九)も同様であつた。参加人が原告からの団体交渉の申入れに応じなかつたのは、その団体交渉が妥結調印のためだけのものであり、以前にもこのような団体交渉を求められたことがあるが、参加人がその場で話合いをしようとして出席したところ、原告から「応諾団交に出席した」と言われ、出席したこと自体が提案の妥結あるいは応諾と取扱われかかつたことがあつたからである。

参加人の発行した昭和五一年五月一一日付の「組合ニュース第三八四号」(乙第四号証の二五)には、参加人が同月七日に臨時大会を開き、「現回答を不満として、団体交渉を重視して粘り強く交渉を重ねていく」ことを論議した旨の記事が載つている。

(六)  参加人の賃金引上げ額の同意とその後の交渉

(1) 原告は、昭和五一年六月四日付の「お知らせ」(乙第三号証の一三)をもつて、新労組合員と非組合員に対し同月七日に賃金引上げの差額分を支払う旨発表し、その頃、新労組合員と前記念書を提出した者に四月一日からの右差額分を支給した。

(2) 参加人発行の同年六月七日付の「組合ニュース第三八八号」(乙第四号証の二六)には、組合はこれまで職場大会を重ね、大会での討議を経て、五月三一日に合同委員会をひらき、賃上げ額については不満ではあるが現回答を認め、精勤手当等については基本的に反対であるが、今春闘ではその内容の問題点の改善を要求し、賃上げ四月実施をかちとつていく条件闘争への転換をきめました。」と記載されている。そして、参加人は、同じ日に原告に対し、「回答並びに申し入れ書」(乙第三号証の一四)をもつて、「昭和五一年四月二三日付病院回答による賃金引上げ総額については同意します。したがつて新賃金の支給については四月分より実施されるよう申し入れます。なお妥結に当り細部にわたり交渉が必要であると考えられますので早急に団体交渉を開催されるよう申し入れます。」と伝えた。

(3) これに対して、原告は、六月八日付の「病院回答による賃金引き上げ総額について同意すると称する回答並びに申入書に対する回答書」(乙第三号証の一五)なる文書をもつて、「1 三月二二日付支部組合の要求事項に対し、再三団交を行い、病院はすでに組合要求に対し最終回答を行いましたが、支部組合はこれを不満として当事者間に今もつて合意が成立しておりません。ところが六月七日付をもつて病院回答の一部である賃金引き上げ総額についてのみ同意する旨の回答並びに申し入れがありました。この文書で明らかなとおり病院回答に同意されておりません。従つて、この回答並びに申し入れ書なる文書が、病院回答に同意するものではないことは明確であります。2 病院としては、昇給実施時期については、再三再四にわたり団交並びに回答書で明らかにしたとおり、済生会中央病院労働組合と同一条件である妥結月といたします。これを変更した協定を支部組合と結んだならば、東京高裁判決(昭和四九年(行コ)第二五号)でも明らかのとおり、それは済生会中央病院労働組合に対し差別的な不利益取扱いとなりますのでできません。」と述べて、参加人の申入れに応じなかつた。参加人は、同月一九日付の文書(乙第三号証の一六)をもつて、再度同月七日付と同趣旨の申入れをした。

(4) 原告は、参加人に対し、六月八日(乙第四号証の一〇)、同月一〇日(乙第四号証の一一)、同月一七日(乙第四号証の一三)、同月二一日(乙第四号証の一四)、同月二五日(乙第四号証の一五)、同月二九日(乙第三号証の二二、同第四号証の一六)翌七月三日(乙第三号証の二七、同第四号証の一七)、同月七日(乙第三号証の二八、同第四号証の一九)、同月一三日(乙第四号証の二〇)、同月二七日(乙第四号証の二一)、翌八月一〇日(乙第四号証の二二)、同月一九日(乙第四号証の二三)の各日付で、それぞれ団体交渉の申入れ乃至その申入れに対する回答をしたが、いずれも前記第二次回答の内容を変更する意思なく、同回答のとおりに妥結調印するほかは交渉する意思のないことを明言している。

(七)  一時金問題

新労は、昭和五一年六月二三日、原告と第三回目の協議会を開いて一時金問題を話合い、原告から示された年間協定案を同月二五日の組合大会で受諾することに決めて妥結し、同年七月七日にその支給を受けた。

原告は、参加人に対し、第二次回答の妥結を求める前記団体交渉の申入れとともに、一時金問題についての団体交渉の申入れをも行い(その最初は昭和五一年六月一七日付の「申入書」<乙第四号証の一二>をもつて)、新労と妥結したのと同じ内容の協定書案(乙第三号証の二〇)をも交付した(但し、夏期賞与の支給日については、「六月二四日までに妥結した場合は七月七日とし、それ以降は妥結後一〇日とする。」となつていた。)。そして、原告からの右団体交渉の申入れにおいては、その前提として先ず賃金引上げについての前記第二次回答にすべて同意することを強調している。

(八)  結局、原告は、参加人との賃金引上げ交渉が末だ妥結していないことを理由に、参加人所属の組合員に対しては、定期昇給分を除く引上げ差額分を支払つていないし、夏期賞与についても、賃金引上げ額が確定していないため算定基準が不明であるとして、これを支給していない。

三  そこで、次に本件に関する不当労働行為の成否について検討する。

1  団体交渉が一種の取引であることから考えると、団体交渉において労使の双方がその提案や回答の内容にいかなる条項を盛込もうとも、その条項が違法であるとかあるいは著しく合理性を欠くものでない限り、そのことだけで法律上これを非難することはできない。これを本件についていえば、原告と参加人との間の昭和五一年度賃金引上げの交渉において、原告が参加人に提示した昭和五一年四月二三日付回答中の、「実施時期は基本給分については妥結の月より、諸手当改訂分については妥結の翌月より」という所謂妥結月実施の条項も、賃金引上げの実施時期が最終的には労使の合意によつて決定されるべきものであることを考えると、これだけを取上げて直ちに違法であるとかあるいは著しく合理性を欠くものということはできない。そして、原告が参加人と新労との併存する二組合から昭和五一年度の賃金引上げの要求を受けて右条項を含む全く同一内容の回答を提示したのに対し、二組合がこれを受諾するかどうかは専ら双方の組合それぞれの自主的判断によつて決すべきものであるから、仮令新労が早期に妥結し、参加人が遅れて妥結したため、結果的に両組合所属の組合員に対する支給時期が現実に異なることになつても、それは双方の組合の自主的選択に基づくものであるのと同様に、新労が右回答を受諾し、参加人がこれを受諾しなかつたため、結果的には新労についてのみ賃金引上げが実施され、そのことによつて両組合所属の組合員間に差別が生じたとしても、それもまた双方の組合の自主的選択に基づくものということができるかもしれない。

しかしながら、形式的にはそのようにいえる場合においても、右条項の提案された事情やこれをめぐる労使の交渉経過等から実質的に判断して、原告が右のような回答をし、これに固執した真の意図が参加人所属の組合員乃至その組合活動を嫌忌したことにあるとか、あるいは参加人の組合運営への支配介入を企図したことにあるとかの特段の事情の認められるときには、原告の行為乃至態度が不当労働行為を構成することもあり得るといわなければならない。

2  そこで、更に前記認定の事実関係に基づいて検討する。

(一)  先ず、妥結月実施の条項の意味やその提案された事情について考えるに、右条項は、これでなければ賃金引上げを実施し得ないというようなものではないし、賃金引上げにとつて不可欠の前提となるものでも、直接の関連性をもつものでもない。賃金の引上げは、その必要性と労使双方の合意さえあれば、その実施時期をいかに遡及して実施することも可能であり、かつ、そのようにすることは何ら不合理なものではない。そして、本件においても、原告が参加人所属の組合員の賃金引上げを、妥結時期のいかんに拘らず、昭和五一年四月一日に遡つて実施することが不可能であるとか、不合理であると解すべき事情は認められない。のみならず、原告の第二次回答によれば賃金引上げ・諸手当改訂によつて従前支給していた食事手当を廃止することにしているが、その廃止時期は本来ならば賃金引上げと同時になるべきものであるのに、原告は、妥結がいつなされるか末だ分らない提案の段階において、これを確定的に昭和五一年四月からとしていることから考えると、原告としては賃金の引上げも四月から一律に実施する予定であつたと見ることができる。しかも、賃金引上げの団体交渉はその性質上妥結までいかに長引いてもよいというものではないが、この条項が設けられると、妥結遅延の責任がどちらの側にあるにせよ、それが遅れれば遅れる程参加人だけが一方的に不利益を受け、原告には格別の不利益を生じないものである。それだけに、原告が右のような性質の、しかも従前にその例を見ない右条項を提案した以上、その条項による交渉の円満な妥結を図るためには、先ず原告からその提案がいかなる動機・理由に基づくものであるかについての説明があつて然るべきものと考えられる。にも拘らず、原告は参加人に対して何の説明もしていないのである。ただ、原告が被告委員会での審問において述べたところから判断すると、原告の第一次回答(五パーセントの賃金引上げ)から第二次回答(八・五パーセントの賃金引上げ)への譲歩は原告としてなし得る最大限のものであるから、参加人にも何らかの譲歩を求めたというだけのことである。しかし、これだけでは、右のような条項を新しく提案する理由としては、あまりにも原告の都合だけを考えた一方的なものであつて、参加人乃至その所属の組合員を納得させるに足りるものとは考えられない。

なお、以上の点に関して、原告は、妥結時期のいかんに拘らず四月一日に遡及して実施すると、参加人が殊更に妥結を遅らせ、闘争を長引かせることになるという。確かに賃金引上げ問題について労使間に主張の対立がある以上、原告の案ずるような事態の生ずることもあり得ないわけではない。とはいえ、労使間の主張の対立は、先ず団体交渉の場において協議・交渉を尽して解決すべきものである。そして、その協議・交渉の結果次第では、争議行為の避けられない場合もあるかもしれないが、それはそれで当然のことというべきであつて、これをもつて参加人乃至その所属の組合員が不利益を甘受すべき理由とすることはできない。のみならず、原告がかかる事態に立至ることを嫌忌して、当初から参加人側の団体交渉や争議行為の手段を封じておこうとすることは、結局参加人の組合活動を嫌忌し、これを抑圧することに連なるものといわざるを得ない。

(二)  次に、妥結月実施条項の提示に対する参加人の熟慮期間の当否等について考えるに、参加人が原告から妥結月実施条項を始めて提示されたのは昭和五一年四月二三日であるから、この条項に従つて四月一日からの賃金引上げの実施を実現しようとするならば、遅くとも四月三〇日までの一週間以内に組合の意思決定をして妥結しなければならなかつたことになるが、これは右提案の重要性に比しかなり短い期間であるといわなければならない。又、原告の第二次回答中には、右条項のほかに、精勤手当の新設の提案もあつて、参加人が今後の精勤手当の取扱について疑問点を質し、問題点の改善を要望するために、四月二七日の団体交渉終了後も、これだけで妥結か否かを決断するわけにはいかないとして、なお原告側との協議・交渉を続行したいと考えたこともまことに無理からぬものであつたといわなければならない。他方原告としても、右条項は従前に例のない新しい条項であり、しかも、前示のとおり妥結が遅れれば遅れる程参加人にだけ不利益をもたらすものであるから、参加人がこれを容易に受入れず、反撥するであろうことは十分に予測し得た筈である。従つて、原告が真に早期妥結を望んでいたとするならば、参加人にその提案理由を説明して理解を求めるとともに、参加人側の事情をも斟酌するなどそれ相応の努力をすることが必要ではなかつたかと考えられる。これらの事情からすると、参加人が四月中に組合大会を開催すること自体は必ずしも不可能ではなかつたという事情を考慮に入れても、僅か一週間の期間が果してかかる重要な条項を含む原告の第二次回答についてその諾否を決するための熟慮期間として妥当であつたかどうかについては甚だ疑問なしとしない。

なお、原告は、原告と参加人との間の昭和五二年度賃金引上げ交渉において、同年四月三〇日に妥結月実施の条項を含めた合意が成立したことを強調して、本件の場合も参加人に四月中の妥結を求めたことは難きを強いたことにはならないと主張する。しかし、昭和五二年度は本件紛争によつて妥結月実施条項の諾否が深刻な問題となつた翌年度のことであるから、これと従前に例のない右条項が始めて提示された本件の昭和五一年度の賃金引上げ交渉の場合とを同様に考えることはできない。

(三)  更に、妥結月実施条項提案後の原告の態度等について見るに、原告は、四月二三日に第二次回答を提示し、同月二七日に協定書案にまとめた後は、参加人との実質的な団体交渉を固く拒否し、これを全然行つていない。原告は、協定書案の無条件一括妥結の手続を行うためだけに参加人と会合することを求めはしたが、その内容について改めて協議し交渉する意思は全くなく、そのために労使が交渉することは無意味であるとまで言切つている。このように原告が無条件一括受諾を求める態度を固持し、更には参加人が六月七日に賃金引上げ額について同意をした後も、これを受入れず、なお無条件一括妥結を求め、それ以外の団体交渉には一切応じない態度をとり続けたことは、原告側の都合と立場を強調するあまり、そのことによつて生ずる参加人乃至その所属組合員の不利益を無視するものであつたと評さざるを得ない。

右の点に関し、原告は参加人との間にも新労と同一条件の協定を結ぶ必要のあることを強調する。しかし、新労が妥結月実施の条項を受諾するかどうかは新労が独自に決すべきことであつて、そのために参加人に対しても当然にその受諾を強制し得るものではない。もし新労が先に妥結したため、原告が参加人に対し新労に倣うべきことを強制し得るとすれば、それこそ、新労を重視し参加人を軽視して、両者を差別することになるといわなければならない。のみならず、新労と原告とが協定妥結の前に開いた協議会の内容がいかなるものであつたかは本件の証拠上必ずしも明らかではないものの、少なくとも第二次回答前に原告と新労の幹部とが集つて協議していることは明らかであつて、このこと自体原告が新労と参加人とを差別していた一つの徴憑というべきであるとともに、このこととその後の団体交渉、協定妥結の経過から見て、原告は、各協議の結果、新労に第二次回答を提示した時点において既に、新労がこれを容易に受入れるであろうとの見込みを十分にもつていたものと推認しても、強ち無理な推認であるとはいえないであろう。そして、新労については、妥結月実施の条項があるが故に四月一日からの実施を目指して四月中の妥結を急いだという事情は見当らないのである。そうだとするならば、新労にとつては、賃金引上げを「四月一日より実施」との直截な表現をとろうとも、あるいは「妥結の月より実施」との本件提案のような表現をとろうとも、いずれにしてもその実体は異ならず、ただ表現形式上の差異があるに過ぎないと見るのが相当である。これに対し、このように新労にとつては単に表現形式上の差異に過ぎない妥結月実施の条項も、参加人にとつては現実に実施時期に差異をもたらすものとなるのであり、換言すれば、参加人にとつては、形式的には新労と同一条件であるかもしれないが、実質的には同一条件ということはできないのである。そうすると、原告が参加人と新労の双方の組合に対して同一条件による協定を求めたと強調することは、実質的な根拠に乏しいというほかない。

又、原告は、もし原告が参加人の要求に従つて妥結月実施の条項を撤回し、参加人の要求するとおり四月一日実施の協定をしたならば、結果的に見て新労に対し差別的な不利益取扱をすることになると主張して、複数組合併存下の使用者の中立維持義務を強調する。しかし、前示のとおり、原告が参加人に対し新労に倣うべきことを強制し得る理由はない。しかも、差別的な取扱になるか否かは形式よりも実質を重視して判断しなければならないところ、参加人所属組合員に対して四月一日に遡及して賃金引上げを実施した場合、確かに形式的には平等を損うように見えないでもないが、実質的に見て新労所属の組合員にいかなる不利益が生ずるのか、いかなる点で差別的取扱になるのか、本件においては原告の何ら明らかにしないところである。従つて、原告の右主張も理由がないといわなければならない。

(四)  法律による団体交渉の保護は、もとより労使双方が相手方の要求を受入れて労働協約を締結しなければならない義務までも課しているものではないけれども、双方が相互に相手方の主張を理解し合い、説得を重ね、譲歩できるところは譲歩して、一致点を見出すための真摯な努力をすべきことを期待していることはいうまでもない。従つて、もし当事者がそのような努力を尽さないならば、それは不誠意であるとの評価を受けても仕方のないことといえよう。ところで、前示の経過から見ると、原告の参加人に対する態度にはそのような努力の跡を窺うことはできない。原告が具体的な説明もせずに最終案として突如提示した第二次回答について短期間内に参加人の無条件一括受諾を求め、その態度を固持して実質的な団体交渉の開催に応ぜず、六月七日に参加人が賃金引上げ額に同意する旨表明した後もなお無条件一括受諾を求める態度を頑なに固持して、一切の交渉を排除したことは、使用者としての誠実な努力を欠いたものといわざるを得ないのみならず、団体交渉を継続して円満な解決を図ろうとする参加人の要望と努力を無視し、ひいてはその団体交渉権の行使や団体行動に制限と圧力を加えるものというべきである。そして、原告が新労所属の組合員や非組合員に対しては四月一日から賃金引上げを実施し、現実にその差額分を支給しているにも拘らず、参加人所属の組合員に対しては交渉の未妥結を理由に賃金引上げを実施しないことは、参加人所属の組合員に対しその組合員であることの故に差別するとともに、精神的な動揺・混乱を与え、経済的な圧迫を加えて参加人の弱体化を図ろうとしたものと推認せざるを得ない。

もつとも、妥結月実施の条項を含む第二次回答の無条件一括受諾に固執したのは原告であるが、参加人もまた妥結月実施の条項の撤回を求める反対提案に固執しているのではないかとの見方もあり得るかもしれない。しかし、参加人が原告に申入れた内容の詳細は必ずしも明らかではないものの、前記の認定事実から窺われるところによれば、参加人は賃金引上げの実施時期についての団体交渉を求めたものであり、そして、これは賃金引上げがいつから実施されるかの結論が偏えに団体交渉の場における双方の交渉・協議に俟つべき性質のものであるからであつて、四月一日実施を受入れること以外は一切論議の対象としないなどとの頑固な態度をとつたものでないことは明らかである。従つて、このような参加人の態度をもつて、単に第二次回答に対する同意か不同意かのみの返答を求めることに固執した原告の態度と同列に見ることはできない。まして、参加人が第二次回答を受けてから賃金引上げ額の同意をするまでの一か月余の期間の経過は、原告にとつては格別不利益を伴わないのに比べて、参加人にとつては妥結の遅延によつてそれだけ不利益が増大することになるのであるから、参加人が好んで交渉の引延しを図つたとは考えられない。しかも、その間に実質的な団体交渉が開かれたのであれば、妥結の遅延による参加人の不利益はその選択の結果であるといい得る余地があつたかもしれないが、本件ではそのような余地はないのである。そうすると、原告が前示のような強硬な態度をとつた裏には、参加人とその所属組合員を、新労とその所属組合員あるいは非組合員から殊更に差別して不利益に取扱おうとする意図があつたものと推認せざるを得ない。

3  従つて、以上のような原告の一連の行為乃至態度は、これを実質的に見れば、労働組合法第七条第一号及び第三号所定の不当労働行為に該当するというべきである。

四  最後に、本件救済命令の適否について考えるに、労働委員会による不当労働行為の救済命令は、不当労働行為によつて生じた状態をそれがなかつたのと同じ状態に回復させるために必要な事実上の措置をとることを命ずるものであつて、私法上の法律関係の存否の判断に基づいて法律上の措置をとることを命ずるものではない。そして、この場合、救済命令の内容をどのようにするかについては法令に具体的な定めはないけれども、右の目的の範囲内において、労働委員会の裁量に委ねられているものと解される。してみれば、本件において、被告が原告に対し、前示不当労働行為の救済に必要な事実上の措置として、参加人所属の組合員に生じている不利益を回復するための昭和五一年四月一日からの賃金の引上げと、参加人に対する支配介入の回復のためのポスト・ノーチスとを命じたことはいずれも相当なものであつたというべく、労働委員会としての裁量権の範囲を逸脱したものではないというべきである。

従つて、本件救済命令の内容には原告の主張するような違法はないといわなければならない。

五  以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用(参加によつて生じた分を含む。)の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村長生 富田郁郎 石井宏治)

(別紙)

命令書

(東京地労委昭和五一年(不)第八一号 昭和五一年一一月一六日 命令)

申立人 全済生会労働組合中央病院支部

被申立人 社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院

主文

1 被申立人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院は、申立人全済生会労働組合中央病院支部所属の組合員に対し、昭和五一年度賃金引上げを昭和五一年四月一日に遡つて実施しなければならない。

2 被申立人は、本命令書受領後一週間以内に五五センチメートル×八〇センチメートル(新聞紙二頁大)の白紙に、左記のとおり明瞭に墨書して、従業員の見易い場所に、一〇日間掲示しなければならない。

昭和  年  月  日

全済生会労働組合中央病院支部執行委員長金子有之殿

東京都済生会中央病院院長堀内光

昭和五一年度賃金引上げについて、貴組合が賃上げ額を受諾したにもかかわらず妥結月実施条項を受諾しないことを理由に、当病院が貴組合員に賃金引上げを実施しないことは不当労働行為であると、東京都地方労働委員会で認定されました。今後は、このような方法で貴組合員に不利益を与えることはいたしません。

この掲示は、同地方労働委員会の命令によつて行なうものであります。

(注、年月日は文書を掲示した日を記載すること)

3 被申立人は、前各項を履行したときは、すみやかに文書で当委員会に報告しなければならない。

理由

第一認定した事実

一 当事者等

(1) 申立人全済生会労働組合中央病院支部(以下「支部」という。)は、被申立人病院の従業員約一三〇名が組織する労働組合である。

(2) 被申立人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院(以下「病院」という。)は、社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会が経営する総合病院であるが、独立の事業体であり、従業員約五〇〇名は、病院が直接雇用している。

(3) なお、病院には、昭和五〇年五月一一日に結成された申立外済生会中央病院労働組合(以下「新労」という。)があり、支部からの脱退者を加えて現在支部組合員の約二倍の組合員を擁している。

二 支部の昭和五一年度賃金引上げ交渉経過等について

(1) 昭和五一年三月二二日、支部は病院に対し、五一年四月一日より基本給の一五パーセント及び一律一万円の賃上げを要求し、三月三一日までにこれが回答を求めた。病院は同要求に対し、回答期限の延期を求め、四月二〇日の団体交渉において平均五パーセント(定昇諸手当込)の引上げを回答したが、支部は引上げ額を不満としてこれを拒否した。一方、病院は、新労の賃金引上げ要求に対しても、同日新労との団体交渉において同一内容の回答をなしたが、新労もこれを拒否した。

(2) 四月二二日病院は新労との団体交渉において、第二次回答として平均八・五パーセント(平均一〇、一九六円、定昇諸手当込)の賃上げ、その他管理職役付手当、精勤手当支給基準等詳細にわたる提案をなし、実施時期は、基本給については妥結の月より、諸手当改訂分については妥結の翌月よりとした。新労は翌二三日組合大会に諮り、これを承認し、同日受諾調印した。

(3) 四月二三日病院は、新労の上記組合大会時と同じ時間の支部との団体交渉において、新労に対すると同一内容の第二次回答書を最終案として提示したが、支部は主として賃上げ額を不満としてこれを拒否した。そこで、病院は同月二七日の団体交渉において支部に対し、第二次回答を協定書(案)としたものに調印することを申入れたが、支部は、組合大会その他の手続上、四月中の妥結は困難であると述べて、これを断つた。

なおかような妥結月実施という条件は従来の回答書には含まれていなかつた。

(4) 病院は新労と賃上げ交渉成立後まもなく、四月二八日全従業員に対し、「お知らせ」と題する文書を配布して、<1>新労所属組合員は協定に基づき四月一日から新賃金を支給する、<2>支部組合員に対しては合意が成立していないので新賃金を支給しない、<3>非組合員に対しては新労との協定と同一条件を承認すれば新賃金を支給する旨を通知し、さらに六月四日「お知らせ」という文書をもつて、六月七日賃上げ差額分を支払う旨を通知し、同日これを右該当者に支払つた。

(5) 病院は支部に対し、四月二七日より八月二九日まで繰返し右協定書(案)に基づいて受諾調印することを要求し、またはこれがための団体交渉を申入れた。支部もまた回答について実質的交渉のために数回、団体交渉を申入れた。しかし、病院側のいう団体交渉は「病院回答による受諾調印のため」という条件附のものであつて、別途支部宛の文書によつて最終回答を変更する意思がないこと、回答の内容について団体交渉を重ねることは無意味であることを通告して、病院は団体交渉によつて最終回答を変更する意思のないことを強調し、回答内容の変更を求めるような実質的な団体交渉には応じない態度を堅持し、他方支部は病院の回答を無条件に承認するためだけの団体交渉には応じられないとしたので、多数回にわたり団体交渉の申入れは繰り返されたが、現実には行なわれなかつた。

(6) 六月七日、病院は新労の組合員らに四月一日からの賃上げ差額分を支給した。当日、支部は病院に対し、回答による賃上げ額を承認し、四月一日からの実施を申入れた。

病院は、支部の右承認申入れは、病院の回答中実施を妥結月とする部分を承認していないので、回答を全体として一括承認したものではないとして、賃上げ額についての合意を認めず、あくまでも回答を無条件に承諾することを要求し、その後も前記のように妥結調印のための団体交渉の申入れをつづけ、賃上げ交渉が未だ妥結していないことを理由に、支部組合員に対しては賃上げ差額金を支払つていない。また夏期一時金についても賃上額が確定していないため、算定基準が不明であるとして未だ妥結にいたらず、支給されていない。

第二判断

一 申立人は、本件妥結月実施払は、支部組合員に比して制裁的、差別的取扱いをすることによつて、支部組織を弱体化することを意図したものであると主張して、支部組合員に対しても他の従業員同様四月に遡つて新賃金を実施することを求め、被申立人は、支部組合員に対して新賃金を実施していないのは、支部との賃金交渉が妥結していないことによるものであり、それは支部自身の独自の判断と選択の結果にすぎないと主張して申立ての棄却を求める。

二 労使が賃上げ等の団体交渉において、その提案や回答に条件を付することは一般に認められるところである。しかしながら、その条件の内容または維持の方法が違法、不当であり、あるいは著しく合理性を欠く場合はこの限りでない。本件において、病院は支部に対し賃上げ額等とともに実施時期を妥結月とすることを回答し、両者を一括かつ全面的に受諾することをもつて妥結の条件とし、これを固持した。

(1) 条件の合理性について

(ア) まず実施期日を条件の一内容としたことであるが、従来永年の間、このような条件の提示はなく、賃上げ額が妥結したときに、その実施時期を四月に遡らせることを合意していたのが慣例であつた。ところが病院は五一年四月の賃上げ交渉において、それも四月二〇日の回答にはなく、同月二三日の第二次回答において初めて、条件として実施時期を提示したのであつて、たとえ自由なる交渉手段とはいえ、従来の慣例を変えるについてそれなりに相当な事由があるはずであるが、その主張疎明はなく、他にその合理性を納得する事由は見当らない。

(イ) 次に賃上げ額と実施時期を抱合せ、一括して受諾を求めそのうちの賃上げ額について承諾があつても、実施時期について受諾がない限り妥結と認めないという条件は、両者が総合的かつ弾力的に調整されることを予定される場合は格別であるが、病院においてこのような調整的配慮をなす意思は認められず、文字通り抱合せ受諾を求めるばかりであつて、支部が六月七日賃上げ額を受諾した後も実施時期についての受諾がないとして賃上げを認めないのは、その合理性を理解し難い。

(2) 条件提示の時期とこれが維持について

(ア) 病院は四月二〇日平均五パーセント賃上げするという第一次回答をなした後、支部及び新労より拒否を受けるや、中一日をおいて四月二二日に新労に、翌二三日に支部に賃上げ額、精勤手当等について詳細な回答提案をなし前記のように妥結月実施の条件を付し、同月二七日の支部との団体交渉において回答内容については一切変更に応じない態度を強く示したため賃上げ実施を受けるためには四月中に残されたわずか三日間に回答を全面的に受け入れる外はないこととなつたわけであるが、このように余日の少ない期間内に回答内容を慎重に検討し、諾否を決することを支部に期待することは無理を強いるものである。序でながら、新労は病院の回答を受け、翌二三日これを全面的に受諾しているけれども新労がこのように短時日の内に受諾することができたことは、その経過を記載した新労の組合通信によれば事前に病院職制と協議し、内容を検討していたからではないかと推察されるが、それはともかく、支部が新労にならい四月中の短期間内に回答を受諾することを期待することはできない。

支部が四月一日から実施を求めているのに対し、四月二三日に妥結月実施を提案することは時期的に公正ではない。病院が誠実に実施時期を提案するとすれば、支部が回答内容を検討するために必要とする相当期間をおくか、妥結時より右相当期間を遡らせる等相応の配慮がなされて然るべきである。

(イ) 支部は病院回答の実体的内容について検討する余裕がなく四月を過ぎたので、五月に入り新に妥結月実施の問題が現実化し、両者間において同問題が確執の種となり今日に至るも全面的妥結に至つていない。このような結果は病院が前記のような相応の配慮をしなかつたことに起因するものといわざるを得ない。

(3) 賃上げ額の受諾について

支部は六月七日賃上げ額を受諾したが、病院回答より右受諾までの期間は、回答を受諾するため、検討等に要する相当期間の範囲内であつて不当に長いものと非難するに当らない。昭和五〇年度までの春闘妥結時期は、例年五月末頃であつたこと、五一年に初めて実施時期についての条件提示と病院の強固な交渉態度が示されたこと、精勤手当等の提案が賃上げ額回答と抱合わされたこと、新労結成により複数組合として初めての春闘交渉であつたこと、並びに新労が早期に、四月中に妥結したこと等例年にない事情が発生し、支部としては、これらの情況のなかにあつて、種々の検討、判断、意思集約等一か月余の期間を要したことはやむを得ないものと考える。

病院が支部より要求の申入れを受けてから回答を準備するため、一か月余を要したことを考え合わせれば、右受諾の期間は相当期間内であつて、六月七日に受諾したことによつて、病院に対し四月からの実施に損害又は支障を与えたとは認められない。従つて賃上げ額の受諾が六月七日に至つてなされたからといつて、同月より賃上げを実施しなければならない理由とはならない。

(4) 病院の団体交渉態度について

病院は前記認定第一の二(5)のように病院の回答内容について四月二七日以後支部に対し、いわゆる妥結のための団体交渉を執拗に要求し、それ以外の実質上の団体交渉には一切応じようとしないし、今日まで同問題について団体交渉は行われていない。

(5) 条件固持の影響について

病院が前記のような条件を提示し、これを固持し、実質的な団体交渉に応じないことは、結果的に支部の団体交渉権を無視し、その争議権の行使を牽制し、回答の無条件受諾を半ば強制し、受諾を遅延することについて、制裁的に不利益を課することとなる。このような結果と効果を来すような条件、態度は許されないものと考える。現に、支部は五月以降回答内容について実質上団体交渉をすることができず、賃上げ額を受諾したが、今日まで実施されていない実情である。

(6) 病院の主張について

病院は、支部が病院回答を受諾しないのはその判断と選択によるものであると主張するけれども、支部がその判断と結果により病院に対する対抗手段として、妥結月実施の条件受諾をことさらに引延ばしているという疎明はない。これが妥結をみないのは病院側の態度と責任によるものであることは上記縷述のとおりであつて、支部の責任と選択の結果ではない。

(7) 以上の判断を綜合すれば、病院が一方的に妥結月実施の条件を付し、かつこれを固執する行為、態度は支部の自主運営に介入し、結果的に新労組合員らとの間に差別を来たし、支部並びにその組合員に精神的並びに経済的動揺を与え、支部の弱体化を招く行為であるといわざるを得ない。よつてこれを救済する必要があり、その程度、方法は主文のような内容を相当と認める。

三 なお病院は、支部は単位労働組合の下部組織に過ぎないから、独立して救済申立てをなす資格がないと主張して、本件申立ての却下をも求めているけれども、支部は労働組合法第二条及び第五条第二項の規定に適合しているので、本件申立ての資格を有し、病院の主張は採用できない。

第三法律上の根拠

以上の次第であるから、支部が賃上げ額を受諾したにも拘らず妥結月実施条項を受諾しないことを理由に賃上げを実施しないことは労働組合法第七条第一号および第三号に該当する。

よつて、労働組合法第二七条および労働委員会規則第四三条を適用して、主文のとおり命令する。

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